井坂博文ファンクラブはこんな活動をしています 2011年4月18日現在
●2011年4月18日(月)
 
ファンクラブは元気です
 昼間は城陽に応援に行き、ごどう地域の後援会員さんを訪問し、対話。「6名はみ出しの大激戦です。ごどうさんから若山さんへバトンタッチを必ず果たさせてください」と訴え、国保料の値上げのひどさや産科がなくなり城陽でお産ができなくなった、などの話すと「ホンマにひどい」「そのとおりや。子どもの夜間救急に宇治まで走らなければならなかった」などの対話になる。

 夜は、ファンクラブのご苦労さん会に出席。今回の選挙でもファンクラブは大活躍だった。差し入れや、ドライバー、アナウンサー、手振り、学習のつどい、当日の電話かけ、などなど。

 それでも、選挙の結果から「もっとつながりを生かしたファンクラブに、活動の強化と会員拡大を」と積極的な意見がいっぱい出され、もりあがった。来年はファンクラブ結成10周年になる。記念のつどいを開くことも決まった。
 
 さぁ、4年後に向けて新たなスタートだ。


●2011年4月11日(月)
 市会議員選挙のご支援ありがとうございました
 九日間の選挙が終わった。

 今回の選挙は大震災の復興と被災者の生活支援が国民的課題としておこなわれれるなかでの選挙。

 私は、@復興と生活再建に国と自治体が全力をあげること、A原発の総点検と福島原発事故の処理、B福祉と防災のまちづくり、人の命を守る行政の前進、Cオール与党の議会の改革、を訴えた。

 公約と政策実現にひきつづきがんばる決意。

 さっそく11日から、街頭での結果報告とお礼の宣伝をおこない、お世話になった後援会員さんや団体にお礼のあいさつに浜田新府会議員と玉本市議らと一緒にまわった。
 今回の選挙戦でも「井坂ファンクラブ」は大活躍。

 本番に入って選挙事務所におにぎりとサンドウィッチやレバーフライなどの差し入れ。とってもおいしかった。

 個人演説会には「ファンクラブのぼり」をもって参加。

 本番ビラのビラ織りや、最終盤には随行車の運転手や手振りに大活躍。学童やPTA時代の仲間に加えて、あらたに加入したヤングレディーも手振りに頑張って、「とっても面白かった」との感想。

 当日の棄権防止運動では、電話かけや電話のプッシュに「肩が上がらない」というまで大奮闘。

 みなさん本当にありがとうございました。

●2011年3月27日(日)
 
ファンクラブの学習のつどい
 告示直前の27日、ファンクラブの学習&つどいを開いた。昨日に続くとても寒いなか、25人の会員さんが集まっていただいた。

 つどいの講師は、大学の教授、パン屋さん、保育士さん、そして市職員組合の委員長、と多士済々の面々が、各予定時間をこえて熱弁。

 私も、東日本大震災の被災者へのお見舞いを述べ、救援募金の活動、災害に強いまちづくりの到達点と課題をハードとソフトの両面から述べ、「今こそ自治体に福祉の心を取り戻そう」とよびかけた。

 なお、会員さんの紹介で、右京区で認可保育園建設をすすめる会の保育士さんから支援の訴えをしてもらい、私も入会した。その保育士さんも「今日は震災のことや、京都市政のことなどいろいろとお話を聞いて、勉強になりました。ありがとうございました」と感想を一言。

●2011年3月12日(土)
 
東日本大地震被災者への救援募金
 余りにも信じられない光景。仙台空港を飲み込んでいく大津波のテレビ映像は想像を絶するものだ。次々と流される車や家屋、飛行機までがまるでおもちゃのようだ。

 陸前高田市は、市全体が壊滅状態だという。津波で海岸に200人〜300人の遺体が打ち上げらているとのことだが、確認はまだだ。

 しかも、最も心配されていた原発が爆発し、原発燃料の一部が溶融し、被爆者が発生した、とのニュースが流された。心配だ。安斎育郎氏が言っているように「隠さない、うそをつかない、過小評価しない」という情報提供が必要だ。

 一夜明けて、いてもたってもいられず、事務所本部と相談して街宣車の運行を止めて、開かれる「つどい」で救援募金を訴え、夕方は勤務員と青年支部のみなさんと街頭で募金の訴えをおこなった。

 いつもは通り過ぎるような若者が、カバンやポケットから財布を出して次々と募金箱に募金を入れ「頑張ってください」と、年配の方は「知り合いが岩手にいるのだが連絡が取れない、心配だ」「年金生活で大変だが被災者はもっと大変だろう」と、小学生がお母さんから硬貨をもらって駆け寄ってくる。

 一時間足らずで2万6千円もの募金が集まり、お礼を言いながらマイクを通して訴えながら、何回も声が詰まりそうになった。

 明日も地域や街頭で救援募金の活動をやります。

●2011年2月11日(金)
 
ファンクラブ総会・新年会
 私のファンクラブも発足以来足かけ8年を迎えた。この時期に恒例の総会を兼ねた新年会を今年も11日に開き、約30人参加者でいっせい地方選挙の勝利に向けて、懇親と決意を固めるつどいとなった。

 今年初めて参加していただいた保育園時代の保護者や、総会を機に新たに加入していただいた新会員や、90歳を超える方をはじめ多くの参加者に激励の言葉をいただいて感謝、感謝。

 恒例の大抽選会には会員のみなさんなら景品を提供いただいて、興奮のるつぼとなったし、今年は初めて「井坂検定クイズ10問」をおこない、私を丸ごと知ってもらう企画も急きょ飛び込みでおこない、これまた大いに盛り上がった。10問とも正解の方が6人も出たのには驚くとともに、私をよく知っていただいていることに、感激、感激。

 企画を組んでいただき、おいしい料理を作っていただいた会員のみなさんホントにありがとうございました。勇気とエネルギーをいっぱいもらって、投票日まで一生懸命がんばります。
 ファンクラブ総会で「井坂検定クイズ」に挑戦
 好評だったクイズを紹介します。全問正解すれば、あなたも井坂検定合格です。解答に興味ある方は、メールください

01年井坂ファンクラブ新年会 井坂検定クイズ

@ 井坂さんは、さる年である・・・        

A井坂さんは現在市会議員5期目である・・・

B井坂さんの父親は被爆者で、井坂さんは被爆二世である・・・                                                                       C井坂さんの市職員不祥事と同和特別あつかいに関する厳しい追及は有名。その論戦を買われて 2006年9月にテレビ出演したのは「笑っていいとも」である・・・

D井坂さんは、市議会の運営を決める市会運営委員会の理事の中で一番長い・・・

E井坂さんは「あなたの街の議員はん」を目指しています。個人の相談や、地域の要求から役所 を通じた相談まで寄せられる生活相談は、年間で200件である・・・

F井坂さんが結婚したのは1985年。夫婦喧嘩はしたことがない・・・

G井坂さんが一番好きな食べ物は、カレーライスである・・・

H井坂さんの好きなスポーツは、アジアカップで優勝したサッカーである・・・

I井坂さんが尊敬する人物は、坂本龍馬である・・・


●2011年1月22日(土)

 事務所開きでファンクラブ代表が弁士に

 市会議員選挙の砦となる事務所のお披露目を兼ねた事務所開き・街頭演説会が120人の参加で開かれた。

 事務所は私の自宅の近所にある支持者の方の元店をお借りして、浜田府会予定候補と合同の事務所。

 私のファンクラブの方がのぼりをもって多数参加し、代表して魚善の大将が「井坂さんのように親身に相談に乗ってくれる人をぜひ議会に送ってほしい」と応援演説。会長のMさんは自分の菜園でとれた野菜を差し入れ。「おやじの会」の有志の方からも激励をもらった。ありがたい。

 議員団の倉林幹事長からは「議会になくてはならない人。議会改革の論戦をリードする井坂さんをぜひ」と紹介してもらった。ありがたい。

 私は、住民アンケートに寄せられた声を紹介し、市政に福祉の心を取り戻すために全力をあげること、中小企業のものづくりの支援、同和の特別あつかいの一掃、市民の役に立つ議会への改革の決意を訴えた。

 参加者から「そうだ」の声も飛び、終了後は握手、握手で激励され、頑張る勇気もらい、ますます勝利に向けて決意が高まった。

 

●2010年11月14日(日)
 京都まつりに1万人
 秋晴れとは言えないが、暑くもなく寒くもなく絶好の祭り日和。宝ヶ池公園に府内から1万人の参加者。京都で一番大きい手作りのまつり、京都まつりが開かれた。

 中央舞台では、来春の統一地方選挙の候補者が勢揃いし、一人ひとり紹介され大きな拍手を受けた。

 部隊の周辺には、後援会の模擬店がズラリと並び、わが「井坂ファンクラブ」も選対本部と合同で店だしした。店の名前は「井坂や」、居酒屋を交じったもの。内容は全国選りすぐりの地酒、干物焼き、きゅうりキムチ、手羽先、から揚げ、と多彩。

 私も先頭に立ち、スタッフや私の娘が売り子になって、とても好評。全部売り切れて、売り上げは10万円、収益は3万円。ご苦労様でした。


●2010年10月24日(日)
 
もみじまつりに1000人
 「晴れた秋空の下」とは言い難いものの、心配された天気もなんとかもって、第21回もみじまつりが始まった。

 政治集会では、北区上京区の予定候補が勢揃い。河合地区委員長がそれぞれを紹介し、一人一人が決意表明。

 私は、「市会議員として20年、『あなたの街の議員はん』と『同和・不祥事・市財政問題、とすじを通したこだわり』を大事にしてやってきた。ひきつづきがんばります」とあいさつした。

 井坂ファンクラブは、快選(海鮮)チヂミ、すじこん、地酒、焼き魚、という居酒屋風のメニューをそろえて、名前も井坂をもじって「いざかや」を出店。「快選」とは「快く選挙をとりくもう」と言う思いをもじったもの。

 前日からファンクラブのSさん夫婦がチヂミを漬け込み、すじこんを煮込んで準備をしていただいて、当日は朝からスタッフもそろって、楽しく販売。会員さんやいろんなかたが店を訪れていただいて、完売。3万円をこえる収益があった。みなさんご苦労様でした。
 

●2010年2月21日(日)
 
ファンクラブ新年会&総会
 今年も私のファンクラブの総会を兼ねた新年会を開くことが出来た。

 会場はいつもの紫野会館が、建て替えによって使用規定が変わり、使えなくなったので、久しぶりに鳳徳会館にもどって開催。

 昨年から新たに数人の会員さんが増えて、その中から4人の初参加もあり、子どもからお年寄りまで30数人の参加で大いに盛り上がった。

 お楽しみの大抽選会は、居酒屋食事券、清酒、お米、クッキー、とれとれ野菜、産直みかん、などなど。私はさすがにパスしたが、代わりに大根とネギをいただいた。

 さし迫った府知事選挙、夏の参議院選挙、そして六期目となる来年のいっせい地方選挙に向けての決意と抱負を述べさせてもらった。

●2009年11月22日(日)
 
みどり祭り

ピースではありません。とんぺい焼きの値段(200円)です

寒さを吹き飛ばす古川豪と井坂のコラボレーション
 今年で20回目という節目の「もみじ祭り」が22日に船岡山公園を会場に開催された。天気はあいにくの曇り空でも、天気予報は夕方から雨というもの、それが当たるように期待しながら祭りは始まり、2千人を超える参加者で盛り上がった。

 模擬店では、井坂ファンクラブもファンクラブ名物のとんぺい焼きと魚善大将の計らいで地酒を販売。肌寒いのもあって、身体の中から温めようとあっという間に地酒は売り切れ。とんぺい焼きも好評で、名前の由来から説明しながら順調に売れました。

 祭りの最後の企画は、新大宮商店街で薬屋を営みながら40年にわたって、フォーク活動を続けてこられた古川豪さんのミニコンサート。私も司会を兼ねてトークを担当し、「古川豪と井坂のコラボレーション」と銘打って自己紹介した(赤面)。

 古川豪さんのうたは、テレビに毎日登場する今はやりの歌と違い、きちんと今の政治批判をしながら、地域に根差しているのが魅力。商店街の普段の大将やおばちゃんとお客さんの会話がそのまま歌になっている。大型店に押され商店街全体が元気をなくしシリアスであると同時に、底抜けに明るいおばちゃんの根性をやさしくうたっているのがとってもいい。

 せっかくのコンサートの途中で雨が降り始め、舞台の天井は屋根つきなので急きょ観客の方に舞台の上に上がってもらい続け、最後まで頑張ってコンサートは終了、やったね。古川豪さん、最後まで聞いていただいたお客のみなさんありがとう。
     
2009年2月14日(土)
 
今年のファンクラブ総会を開催
 恒例のファンクラブ総会を兼ねた懇親会を開催、30人の参加で懇親と交流を深めた。この日で新たに4人の会員さんが加入していただいた。

 このクラブが発足してもう6年になる。当時の保育園や学童保育の仲間が党派を超えて応援して発足されたものだが、地元の紫野学区の応援団もふくめて100名を超える方々が集まって支えていただいている。

 今年も、恒例のSさんのおでんやWさんのオードブル、世話人さんのおにぎりやおばんざいなど手作りの逸品がそろい、おいしいお酒やワインなどといっしょに、和やかに懇親できた。

 さらにビンゴの景品には会員さんのお店の食事券や産直のミカンや野菜なども提供され、おおいに盛り上がった。ちなみに私のあたった景品は産直の大根とネギだった。我が家の食材調達に貢献できた(笑)

 今年の計画として、当面の課題として@総選挙でのこくたさんと共産党の前進にがんばること、A五期目の折り返しの年として議会活動などの報告ニュースの発行と勉強会をおこなうこと、などを確認した。

2008年2月10日(日)
 ファンクラブの総会が開かれた。しかも私の誕生日
   総会で市政報告と決意を述べる私  前々回の市会議員選挙のときに、友人のみなさんが「党派を超えて井坂を応援しよう」と集まって結成されたのは「井坂ファンクラブ」である。
 結成以降、この時期に総会を兼ねて懇親会を開いており、昨年から2月10日に開いている。今年は30人の参加で大いに盛り上がった。

 実は、この日は私の誕生日でもあり、昨年のことをよく覚えている方からは「おめでとう」とたくさんのプレゼントをいただいた。うれしい限りである。
 節目にもなるので、どうやら今後も踏襲されそうである。

 ことしも生協食堂のチーフをつとめる友人や会員のみなさんが、腕によりをかけてオードブルや豚汁、デザートやおにぎりなどを用意していただいた。いつものことながらとってもおいしかった。感謝、感謝・・・

 時あたかも、京都は大きな政治戦をたたかっている。ついついあいさつや交流のなかでもその話題がでてくる。「高すぎて払えない国保料の値下げを求めて署名をしたのに、他都市と比べてうんぬん言うような人には期待できない」と言う声や、「へぇ〜、週刊ポストが共産党に取材に来たのか。市役所の身内や与党では同和特別あつかいと不祥事はなくせない」などこもごも語られた。

 昨年は例会で勉強会をおこなったので、今年も「入ってためになるファンクラブ」、そして総選挙も展望して「行動するファンクラブ」めざしてがんばりたい。
  

2007年5月12日(土)   井坂ファンクラブの例会勉強会を開
船岡山の歴史とマンション運動を話する森脇さん(私の隣)  選挙後初の井坂ファンクラブの例会勉強会を開催、19人の参加があった。今回選挙のご苦労さん会の際に、「ファンクラブの演説会の時の船岡山の歴史の話をゆっくり聞きたい」との意見が出され、「そうやなー。住んでいる町のことを知る勉強会も大事やなー」となり、今回の企画が決まった。

 講師には船岡山マンション反対闘争の事務局長で奮闘された森脇圭一さんをお願いした。船岡山のプロフィールでは氷河期の海底が隆起してできた市内唯一の山であること、玄武が住み京都市の「気」の発祥地、平安京の起点であることなどの歴史が語られた。

 話のあとには、ファンクラブ会員でもある大徳寺納豆の磯田さんにも来ていただいて、大徳寺納豆の由来と食べ方をお話しいただいた。実際に納豆を使ったお茶菓子お茶うけに、同じく会員のMさんに煎茶を淹れていただいて、飲みながら話の続きを聞いた。

 激烈な選挙戦の疲れを京都の歴史と文化で癒して参加者からも「よかった。これからも、いろんたテーマでやろう」となった。今後が楽しみだ。

2007年4月14日(土)
 
選挙の報告集会、ご苦労さん会はみんな元気一杯
 選挙が終わって学区やタテ線後援会の報告集会やご苦労さん会が元気一杯に開催されている。14日は私のファンクラブのみなさんが集まった。今回の選挙では独自の「つどい」を開き40人の参加で成功し、ファンクラブから候補者カーのアナウンサーや手ふり、演説会の弁士などデビューした人がずいぶん生まれ、本当にうれしかった。14日は、いつもの若林さんを中心につくってもらったオードブルに舌鼓をうった。(写真)

 参加された方から感想を述べていただいたところ、「井坂さんの人柄に惹かれて初めてアナウンサーやっておもしろかった」「新婦人内後援会の学習会で井坂さんの話を聞いてよくわかり、周りに支持を広げた」「地域の中で公明党の支持者に訳をはなして井坂さんの支持をもらった」など生き生きとした経験が出され、とても元気になった。

 いよいよ明日からいっせい地方選挙の後半戦が始まる。私は城陽市会議員選挙への応援にいく。みなさんのご支援をお願いします。
  手製のオードブルを前にして挨拶する私

2007年4月9日(月)
 
市会議員選挙でのご支援ありがとうございました
  最終日の7日、大徳寺前での最後の訴え  北区における選挙の結果は、日本共産党が1位、2位という画期的な勝利をおさめることができました。

 1位 玉本なるみ 5913票  2位 井坂博文 5661票 
 自民党は、無所属の自民党員ふくめて3名が3・4・5位の当選。また民主党候補2人が共倒れするという結果となり、公認候補の部落解放同盟幹部も落選しました。

 国政で「二大政党」論が喧伝されていますが、この結果が示しているように、政治の流れは日本共産党とオール与党の対決が対立軸。

 ひきつづき、公約で掲げた@市民のいのちと暮らしを守るA税金の無駄使いをなくすB同和特別扱いと不祥事の一掃、の実現にむけてがんばります。

 今、変えよう。あなたの一歩が政治を動かす

2007年2月10日(土)
 
井坂ファンクラブ総会アンド新年会、そして51回目の誕生日
   これが焼酎お湯割セットです  4年前に結成され、現在会員数は109人となった私の応援団「ファンクラブ」の年次総会と遅がけの新年会が開かれ、33人の方に参加いただいた。

 私は挨拶で4年間の支えに感謝をしつつ、「今変えよう!あなたの一歩が政治を変える」を合い言葉に、国政での政治腐敗と大臣不祥事、京都では負担押しつけるいっぽうでの職員不祥事の連続に政治不信が高まり、怒りを強める国民と力を合わせ一歩足を踏み出し、行動することを呼びかけよう、と訴えた。

 新年会は、赤旗読者で近所のおかず屋さん作成のオードブル、会員さんの特製おでん(とってもおいしくプロ顔負けの声が飛んだ)、持ち寄りのおにぎり、など心のこもった料理に舌鼓をうった。

久々に会う方もいて「学童であんたに会うまでは選挙に行ったことなかったけど、4年前に初めて行って井坂と書いたんや」って言う自治労組合役員の市職員や、「俺は無党派、だけど選挙は井坂に入れる。がんばってな」と言う人・・・などいっぱい交流できた。

 そうそう、「今日は私の誕生日でもあります」と挨拶したら、世話人の方から焼酎のお湯割セット、本等のプレゼントもいただいて、とても元気をいただいた。さぁ、がんばるぞ。
 2006年11月23日(木・祝)
  第19回もみじまつりに2000人、井坂竜田(勝った)揚げおいしかった
 秋晴れ、とはいかなかったものの、雨の天気予報を覆して恒例の「もみじまつり」が開かれ2000人の後援会員や支持者の皆さんが集まり、交流と来年のいっせい地方選挙と参議院選挙勝利にむけた決意を固めあった。

 恒例となった「いさかファンクラブ」の今年の出店は、チキンの「井坂竜田(勝った)揚げ」、魚善 のはたはたと地酒という組み合わせ。「この竜田揚げおいしいわ」と子どもからも大人からも大好評、あっという間に売り切れて、ゴメン。

 お昼からは、北区上京区いっせい地方選挙の候補者が勢揃いして、紹介と決意表明。私は、本会議代表質問のなかみを紹介しながら「今、変えよう。あなたの一歩が政治を動かす」と訴えた(写真)。
 

 2006年9月24日(日)
 
 日本共産党の京都まつり開催。いさか勝つ丼に挑戦
 晴天の秋空の下、共産党の京都まつり(通称赤旗まつり)が開かれ、2万人の参加があった。

 来年のいっせい地方選挙、参議院選挙を前にして勝利に向けて決意を固め、交流の場となった。

 北上後援会のテントの前で、こくたさんも交えて「交流のつどい」。私はたかじんの番組に出演したことに触れながら「これまで同和タブーのマスコミが、京都の不祥事の背景にある同和行政のゆがみを告発しようとしたら、共産党の私に出演依頼となった」と共産党の出番の情勢がここにも表れていること、テレビを見た方の反応と感想が共産党への新しい期待を表明されていることを紹介した。

 おなじみの「井坂博文ファンクラブ」のみなさんの出店は、「いさかカツ(勝つ)丼」を出店、「おいしい」「このボリュームで300円は安い」と大好評だった。 

 2005年11月13日(日) 京フェスタに2万人.。ファンクラブの店が大好評
 文字通りの秋晴れの日曜日、会場の宝ヶ池公園一帯は二万人をこえる参加者でいっぱいに。

  お昼過ぎにフェスタの会場に到着、さっそくこちらも初参加の「井坂ファンクラブ」のお店の売り子に。「北大路魚善」の大将(写真のいい男)と府庁生協食堂チーフの若林さんの指導の下で、前日に私も下ごしらえに奮闘。

 当日はイカ焼きと、チャンチャン焼き、粕汁は味も抜群、用意した地酒も大好評。おかげさまで一万円をこえる黒字。
 朝早い搬入から、仕込み、焼き役、売り子と最後まで協力したいただいた会員にみなさんありがとうございました。

 2004年12月23日(木・祝) 04年度の総会アンド忘年会を開催
     

 年の瀬も押し迫った12月23日、定例となった総会と忘年会を開き、子どもをふくめて30人近い参加者で大いに盛り上がりました。

 04年度は、4月に開催された党北上後援会主催の「みどりまつり」に、ファンクラブも手作りサンドウイッチとジュースで出店しました。

 忘年会は、恒例の若林コック長と世話人のみなさんが朝からおでんとオードブル、おにぎりを作ってくださり、みんなでにぎやかに懇親しました。

 私も最後にお礼を兼ねて、一年間を振り返り活動報告をしました。

 嬉しいことに、新しい方も参加され会員になっていただきました。   
  

         2003年12月23日 総会・懇親会を開きました

      市会議員選挙後も定期的に世話人会を開き、03年12月21日には懇親会をかねて総会を開催しました。会場には子どもを含めて50人近くの参加者がありました。

 総会では下記にあるように結成から選挙に至るまでのファンクラブの活動報告と、その後の活動紹介が行われ、会計報告を確認しました。

 総会の後に、懇親会に移りました。テーブルにはおなじみの若林コック長の下に世話人のみなさんによる手料理が並べられ、舌鼓を打ちました。

 写真にあるように学童関係者だけでなく、地域の応援団からも多数参加していただき、世代を越えた交流になりました。
ファンクラブ結成から選挙投票(03年4月)に至る活動

2002年11月12日  有志が集まりファンクラブの準備会を開催、結成総会にむけた打ち合わせを行いました。そこ で会員証としての缶バッチとファンクラブのぼりの作成、会員獲得を確認しました。 

     11月10日   鳳徳会館にて結成総会を開催。参加人数27人で会員さんの手づくり料理を囲んで和やかに懇談しました。自己紹介や活動の進め方などいろんな提案が出されました。結成時点での会員数は46人でした。

     12月 6日   待鳳小学校での日本共産党北区演説会にのぼりを持って会員5人が参加し、井坂候補を激励しました


     12月22日   井坂博文・新井進事務所開きに会員6人が参加し、激励しました。


2003年 1月19日   紫野会館にて「新春ほろ酔い勉強会」を開催、参加者は大人20人と子ども6人。料理は現役の名コックである会員さんを中心に、会場近くの会員宅をお借りして手づくりのオードブルをつくりました。それをつまみながら、勉強会では事前に寄せられた質問に答えるかたちで行い、大いに盛り上がりました。

      1月25日   第1回「井坂博文と車座で何でも語ろう会」を鳳徳学区の田中さん宅(ファンクラブ事務局長)を会場にして開催し、12名の参加がありました。近所の方も参加され、生活相談を通じての井坂候補の活躍の紹介がありました。


      2月10日   第2回「井坂博文と車座で何でも語ろう会」を楽只学区の西村さん宅をお借りして開催し、15名の参加でした。この日は井坂候補の47回目の誕生日でもありました。その場ではすっかり忘れていたそうですが、参加者の一人が「今日は井坂さんの誕生日です」と紹介され、お祝いの言葉と勝利に向けての決意が    こもごも出されました。

      2月23日   鳳徳会館にて鳳徳学区後援会と共催で学区小集会を開催し、新井進府会候補と一緒に井坂候補も参加。総勢26名の参加で、うちファンクラブ会員は7名でした。参加者からは地域の身近な要求や、同和行政に対する意見など多数出され、井坂候補と新井候補が答えました。


      3月23日   待鳳小学校での日本共産党北区演説会にのぼりを持って10数人が参加。井坂候補の登場のさいには掛け声もとび盛り上げました。


      3月29日   告示日を前にして田中事務局長宅で、井坂候補激励会を開催志、15名が参加。

      4月 4日   いよいよ告示!出発式と第一声に駆けつけ井坂候補の出発を激励。告示日前後から会員が手分けして候補者カーのドライバーやアナウンサー、同乗しての手振り、選挙期間中3回の炊き出しの差し入れ、支持の拡大、などで大活躍しました
               
      4月 8日   紫野小学校の井坂候補個人演説会に会員20数名がまわりの友人を誘って多数参加。アナウンサーとしても大奮闘している会員の辻元さんが応援演説を行い、参加者に感動を与えました。(井坂博文ホームページにその全文を紹介しています)

      4月13日   投票日!当日も棄権防止活動(支持をお願いした方に投票の呼びかけ)を行い、井坂候補は4424票を獲得し、見事当選されました。

      4月26日   田中事務局長宅で、お疲れさん会を開催し、手づくりのお寿司やオードブルを囲み、30名近くの会員が集まりお互いの労をねぎらいました。そしてファンクラブとして今後の井坂市会議員の活動を応援していくことを確認しました。会員総数は現在101名となっています。